遠い記憶
4.月の章
その1
拓也をはじめて知ったのは、二年前の春だった。
高校の入学式で新一年生代表として、壇上で挨拶をした帰国子女。その男子の容姿がイケていたという評価は、式に出席していない二年生三年生女子の間にも瞬く間に広がった。
爽やかな笑顔、スマートな身のこなし、そして代表に選ばれるほどの成績の良さ。どこの少女マンガだと思えるようなその設定に、付いたあだ名が「飯島王子」。接点なんて、あるわけが無かった。
二年後。あれはひと月ほど前のこと。私が高校を卒業して、まだ大学に入学する前の春休み。遠くから見かけるだけの学校のアイドルに偶然出会い、初めて会話が生まれた。
深夜のコンビニ帰り、後輩の男の子に道を送ってもらう。それだけのはずだったのに、気が付いたら見知らぬ世界に飛ばされていた。
そして知る、彼の素顔。
にこやかな微笑みは、相手をこれ以上踏み込ませないためのテクニック。本当の拓也はすぐ不機嫌になるし、口やかましいし、ちょっと偉そう。でもそんな彼を知れば知るほど逆に気持ちが近づいていって、引き寄せられた。
そして思い出した記憶の断片。私はこの人のこと愛していたんだって分かって、この気持ちに名前が付いて嬉しくて、急に目の前が開けたようになったのに。
私は、……アクタではなかったの?
「あー、朝」
窓から差し込む朝日を見つめ、ぼんやりとつぶやいた。
今、何時なんだろう。最近は日が昇る前に起きるのが習慣になっていたから、外から日が差し込むなんて、明らかに寝坊だ。
「ジハン!」
がばっと上半身だけ起き上がるけれど、それからすぐに身を投げ出して、枕に顔を埋めた。
「って、朝の儀式、終わっちゃったよね……」
このまま二度寝したい。ちらりとそんな気持ちが沸き起こるけれど、そんなことが出来ないのは分かっていた。
昨日はみんなの視線に耐え切れずに、もう寝るからと部屋に引き篭もってしまった。今は逆だ。このまま一人でいるのが、怖い。みんなが私のことをどう思っているのか、それを考えると怖くなる。
のろのろと顔を洗い支度をすると、勇気を出して居間へ向かった。
「おはようございます」
「ジョエ……」
思いもかけない存在に、一瞬動きが止まる。それから彼女の穏やかな微笑みに、息を吐き出し力を抜いた。
「わざわざ、来てくれたんだ」
「公務の都合で、私一人だけですが」
ってことは、シャータとイーシィも仕事が無ければ来る気でいたのか。
どう返事をすればよいか分からなくて、力の無い笑顔をジョエに向ける。すると彼女の背後から、ひょっこりと美幸が現れた。
「真子、遅い。ご飯にするよ」
いつもにも増して突き放したような言葉遣い。淡々とした表情。でもその態度に見覚えがあった。美幸は自分の中に色んなものを抱え込むと、どんどんと素っ気無くなる。
そして抱え込ませた原因は、私。
「うん」
短く返事をすると、二人の後に続いて席に着いた。
「……さて、朝飯も食べたことだし、議論に移ろうか」
口数の少ないまま、なんとかご飯を食べ終えた。そんなタイミングを見計らい、ヒコが話を切り出す。ジハンは給仕する人を下がらせて、自らお茶を淹れてくれた。
「真子がアクタではないかもしれないとなって、先ずジョエに相談しようと考えた。玉だし、人じゃない分、真子がアクタかどうかジョエなら分かるかと思ったんだ。そこで早速ジョエに来てもらったんだけど」
ヒコは途中で言葉を切ると、彼女をちらりと見た。確かに人ではない玉のジョエならば、なにか情報を持っていそうだ。
「が、これはジョエに却下された」
明らかにがっかりとした顔をしてしまったんだろう。ジョエは私を申し訳なさそうに見つめると、頭を下げた。
「私は人の持つ気を視て、相手を識別をしています。ゆえに転生されたナムニ様を、外見で間違えることはございませんでした。けれどアクタ様のことは直接お会いしたことが無いため、本人かどうかを確かめることは出来ないのです」
ああ、うん。確かに、そうだ。
「ただ、その方の持つ気を知ることはできます。真子は明らかにこの世界の人々と同じ性質の気を持っています。多分ここにいらっしゃる方々と同じくらいの強い力で」
「でも、目覚めていないよ」
昨日の会話を思い出し、私は目を伏せてつぶやいた。目覚めていないんだ。気も、そして記憶も。
「真子が思い出したのって、死ぬ直前だけって言っていたよね。他には無い?」
美幸の問い掛けに、目を伏せたまま答える。
「本当に、そこだけ。覚えているのは、広間で戦っていたということだけ。私達は正装していて、突然兵が乱入してきて、謀られたんだってそのとき分かって。……私はすぐ横で戦う人をかばって、自分の体で兵士の剣を受け止めた。彼は、サイムジンは、私が死ぬまでずっと呼びかけてくれていた。アクタって……」
サイムジン! サイムジン!
あのときの光景を胸によみがえらせながら、心の中で愛しい人の名を繰り返す。けれど、顔を上げることができなかった。ジョエをはさんですぐ近くに、拓也がいる。彼の顔を、表情を見て、そこに何かが浮かぶのが怖かった。
ふわりと頭を抱きこまれ、すぐ近くで美幸の声がする。
「ごめん、真子。嫌なこと聞いたよね」
苦しそうな声。それに驚いて、慌てて頭を振る。
美幸は今、純粋に私を思いやってくれている。私はさっきまで、みんながどう思っているのか怖かったくらいなのに。その心が嬉しかったから、だから、素直に甘えるわけにはいかなかった。
だって、みんなも殺されたんだ。みんな、同じ痛みを持っている。私だけじゃない。
「この世界の人々、つまり私などと同じ性質の気を持ち、みなさんと同じ末期の記憶を持つ。それなのに転生の時期が違うというだけで、真子がアクタではないと言えるのでしょうか」
ジハンの声に、暗いヒコの声が被さった。
「でも同じだとも言い切れないぜ。同じ様な末期であっても同じ戦いのときなのか、今の話だけでは分からない。キョエンの反乱は、俺達がオボ山でチャガンを磨き上げていたときから密かに始まっていたんだ。広間でのチャガン派おびき寄せと虐殺は、何度かあったと聞いている。名前も、サイムジンはキョエンではありふれた名前だ。アクタは?」
「……アクタツェツェグ、スレンアクタ、さらにはパドマクタ、これらの名前も普段はすべてアクタと呼ばれます」
「ケレイト族だけなのか?」
「いえ、パドマクタという名はナイマンタヤイ族の方がより一般的です。我々と違いナイマンタヤイ族は、昔からキョエンと交流を深め、街に定住もしていました。キョエンでアクタという名の娘がよくいるのは、そのせいです」
事実を告げるだけなのに、ジハンの声に悔しさがにじんでいる。
「そっか」
短く答えたヒコの、その後のため息が重かった。ヒコだって、決して私を追い詰めるために話をしている訳ではない。それが分かるからこそ、私は黙って聞いているしかなかった。
しばらくの間、重苦しい沈黙がこの部屋に満ちる。
「転生の時期が違うというだけで、真子がアクタではないと言えるのか? か……」
今朝初めて聞くその声に、ピクリと反応してしまった。
「オーロ、お前が藤崎晴彦として転生してから、こちらの世界に初めて戻ったのは十二歳の頃だよな」
「ああ」
拓也の問い掛けに、ヒコが訝しげにうなづく。なにを話そうとするのか。私は体を強張らせたまま、そっと美幸の腕を外し顔を上げた。
「俺も十二歳のとき、夏休みだった。キョエンの斎宮に引き寄せられ、闇雲にあの廃墟の中をうろつき回った」
「そうだな。実際にここに来たときは、衝撃的だった。夢じゃなかったんだ。今まで断片的に思い出していた過去の記憶が、本当にあったんだって知ったんだ」
そのときのことを思い出したのか、ヒコの表情から硬さが消える。
拓也はそんなヒコをまっすぐ見つめ、問い掛けた。
「あっちの世界に戻ったとき、時間はどうだった? 俺はキョエンに半日以上いたのにもかかわらず、一時間ほどしか経っていなかった。次に三ヵ月ほどいたときも、戻ったときには数時間くらいしか経過していなかった」
「俺も、そんなものだ。代わりにこっちで半年滞在すると、そのあと半年は戻ることはできなくなったりしたけど。滅茶苦茶なようで、それなりに法則があるんだよな」
「けれど月日が経って、世界の気の歪みが大きくなるにしたがって、時間の法則も歪んでいった。一日しかいないのにあっちに戻ったら三日経っていたって、ヒコ言っていただろ」
「それ、私。おかげで家ではものすごい騒ぎになっていたわよ」
苦々しげな声に見上げると、美幸の眉がきつく寄せられていた。そういえば、あっちの世界でも美幸の実家はお金持ちなんだっけ。箱入りのお嬢様が無断外泊三日って、とんでもないことになっていそうだ。
つい意識が美幸の受難にそれかけたところで、拓也がやんわりとおしとどめた。
「とりあえず俺が言いたいのは、時間の観念があてにはならないってこと。日にちが歪む現象は、本当に最近しか起こっていないのか? オーロとエシゲ、それに俺の三人が同時期に生まれたからといって、あちらの世界とこちらとで同じ時間が経過していたのかなんて誰にも分からない。アクタが転生した日にちの方が正しくて、俺たち三人の生まれた時期の方が歪んでいるかもしれないんだ。だから」
そこで拓也はふいに視線をずらすと、私を振り返った。
「俺は真子がアクタだってことを信じている」
ゆっくりと、まるで言い聞かせるようにそういうと、拓也はそれ以上なにも言わずただ私を見つめるだけだった。
「拓也……」
自信が無くて、簡単に揺れてしまう私の心を手繰り寄せるかのような、その瞳の強さ。
私は、自分がアクタだということを信じてもいいんだろうか?
拓也の言葉に素直にうなずいて、嬉しくなればいいはずなのに、一度怖気づいた心はすぐに反応を返すことができなかった。そんな私を励ますように、美幸がヒコに問い掛ける。
「ジンの意見に異論はある? オーロ」
「ちょっと待て、俺だけ?」
「私も、真子はアクタだって思ってるもの。ジハンもでしょ」
「そう、ですね」
考え込むようにゆっくりうなずくと、ジハンも私を見つめる。
「別の時期に殺されたサイムジンと例えばパドマクタのうち、パドマクタだけが転生をし、偶然あなた方と共にこの世界に戻ってきた。そう考えるよりも、我が従姉弟のアクタ・ケレイトアの生まれ変わりと考えたほうが、私にはしっくりときます」
私を安心させるような、笑顔。やっぱり嬉しいというより、なぜだか申し訳ない気持ちの方が先に立ってしまう。ヒコはそれぞれの意見を聞かされて、うなりながら頭をかいた。
「俺は色んな可能性を挙げているだけだろ。真子はアクタかもしれない。だけど記憶が無い以上、パドマクタだのアクタツェツェグだのの可能性も否定できない」
ヒコの正論に、目を伏せる。
「でもさ」
うーんとうなる声に顔を上げると、ヒコは両手をあげて伸びをしていた。まるで何かを振り切るような仕草。そして最後に私を見つめる。
「記憶が無くても日にちが合わなくても、それでもここに来てしまうって、すっげーアクタっぽいんだよな。特に俺たちより出生が早いって先走っちゃったとことか、同時タイミングで生まれるより、いっそアクタならやりかねない感じでさ」
言い切るヒコの目が、面白そうに輝いていた。私の反応をうかがいながら、どこか挑戦するかのよう。
「あ……」
色んな可能性を出しながら、最終的には私がアクタなんだって、そう言い切ってくれるヒコ。美幸もジハンも、そして拓也も、私がアクタの生まれ変わりなんだって信じてくれている。……でも、
「あれ?」
ぽろりと、口から言葉がこぼれていた。
みんなの気持ちは嬉しい。嬉しいのだけれど、信じている根拠はどうなんだ?
記憶が無くって出生の日にちが合わない私は、とってもアクタっぽいんだって、それでみんな納得って、あれ?
「一点、確認させてね」
ふうっと息を吐き出して、聞いてみる。なんだかさっきまでの緊張感が抜けてしまっていた。
「みんなの中のアクタって、いったいどういうイメージなの?」
色々考えてぐるぐるして縮こまって、私は必死なはずなのに、最後は「やりかねない」で納得って、いいのか、それで? いいんだろうか。
「どうって、こんな感じだよな?」
「とにかく突っ走る系よね」
「いきなり私を次代の族長に指名した方ですから」
そう言いながら三人はお互いを見合わせ、納得するかのようにうなずいた。
「ちょっと待った。ひどい。ひどくない、みんな?」
こんな理由でいいの?
あまりの単純さに笑いがこみ上げるけど、それでも一応は抗議をしてみる。停滞していた気持ちが動き出すのを感じていた。そして自然と拓也に視線が向いてしまう。
今日初めて自分から見つめる、拓也の顔だ。
「最初は人の意見を聞かない、ただの野生児みたいな奴だと思っていた」
「うっわ、ひでえ」
ヒコの笑い声。引き続き拓也に抗議をしようとして、でもその瞳に黙り込んでしまった。
やさしく包み込むような表情。胸の奥がぎゅっとなるような、なにか大きな感情が押し寄せる。
「一緒にいるうちに、深い考えのところで分かり合える部分があることに気が付いたんだ。そこから一気に惹かれていった。……アクタは、俺にとって愛おしい大切な人だよ」
このタイミングで、なんのてらいもなくさらりと言ってのけてしまう。彼の言葉に揺らぎは無かった。
「……本当に、私、なの?」
確認する自分の声が、うわずっている。不安な気持ちは隠しようもない。
本当に自分はアクタなのか?
たった今、笑って気持ちを軽くしたはずなのに、またすぐに弱気になっている。
「俺は真子がアクタだって、信じている」
私の心に届くように、彼は視線を反らすことなくそう言った。……もういい。もう、いいんだ。
こらえきれずに涙が一粒こぼれ、慌てて目をつむった。
拓也が、サイムジンが私を信じてくれるから、私は自分をアクタだと信じてゆける。
「ありがとう」
それだけをつぶやいて、小さく細く、息を吐き出した。
「さあ、これで議論はおしまいだ。さっさとオボ山に行ってドゥーレンを見つけ、チャガン持ってキョエンに帰ろうぜ」
ヒコの口調が、まるで気持ちを切り替えるように軽い調子に変わっている。
「準備もできていますしね。すぐに出発しましょう」
「えっ、私まだ準備できてない!」
当たり前のように促すジハンの言葉に、慌てて立ち上がった。
「そもそも荷物広げるほど、真子はこの宿舎にいなかったでしょ。三十分後に出発だから、その間に急いで支度よ、真子」
「了解!」
ばたばたと部屋に駈け戻り荷物をまとめる。気を抜くとなんだかまた泣けて動きが止まりそうだったので、必死にこらえた。
拓也の言葉、みんなの笑った顔。彼らがいるから、私はここにいるんだ。
シャータとイーシィへの挨拶は、謁見の間で行われた。
三日前と同じく、上座の一段高いところに二脚の椅子が据え置かれていて、今日は最初からそこに姉妹が並んで座っていた。右側に、イーシィ。左側に、シャータ。そしてイーシィの横には、ジョエが立っている。公の場での彼女達を改めて見て、その存在感にちょっと圧されてしまった。やっぱり権力者、なんだよね。
とはいえすでに気心の知れた仲。そして出発前のあわただしさからか、前回と違いずいぶんと気軽な雰囲気にはなっていた。
「本来なら、門までお見送りをしたかったのですが。逆に呼び寄せてしまい申し訳ございません」
イーシィが素直に頭を下げる。偉い人のはずなのに、相変わらず腰が低い。
「あなた方に心からの感謝をささげます。できるだけ早くチャガンが見つかるよう、私達も協力を惜しみません」
さすがに宗主の立場からか、シャータがきちんと挨拶をしてくれる。私達も口々にお礼を言って、立ち上がった。イーシィに借りた羽根も、昨日の夕飯時にお返し済み。忘れ物も無いはずだし、正直言って早く出発したくて気が急いている。
「真子」
退室をするその直前、ふとシャータに呼び止められた。
「呪術を防ぐため、ジョエの羽根を飲んだと聞いたのですが」
「はい」
なぜそれについて聞かれたのかが分からず、首を傾げる。逆にシャータはそんな私の反応を見て心配そうに眉を寄せ、妹に視線をやった。
「イーシィ、真子はこの世界の気の作用についてなにも知りません。あなたから説明を」
「そうですね」
うなずくと、イーシィは私に歩み寄り、手をとった。
「玉の基本はこの地の気を集め、力にすること。そしてポンボ職や術士は、その力を使いこの地を治めます。つまり真子がジョエの羽根を飲んだということは、この地の気を取り入れ、力にしたということ。その力を扱うのはあくまでも、真子。真子自身の気力が無ければ、ジョエの羽根の力は発揮できないのです」
「そうなんだ」
うなずくけれど、軽い反応になってしまった。今の話、正直言ってどうもぴんと来ていない。
元々術が使えない私にとって、気の話って現実味が無い。みんなが視えているものが見えないのだもの。そのせいか、シャータとイーシィがなにを心配しているのかが良く分からない。
そんな私の反応に、イーシィが困ったような表情になる。
ああ、どうしようかな。
さらに私も困ったところで、ジョエの声がした。
「真子の中にある羽根は今、エルムダウリの男が真子の心を支配しないよう、働いています」
「エルムダウリの、男?」
思わず口にしてから、びくりとする。
エルムダウリの男。西大陸から玉を持ってきて、キョエンに据えようとする男。
「私の羽根は男から真子を隠す役目を担っています。ですが真子の気力が弱れば、男は真子を見つけ出すことができるでしょう。あの呪術を甘く見てはいけません」
ジョエの表情は真剣で、本気で私に警告をしているのが分かる。でも確かにあの男なら、並みの術士と同じに考えてはいけないだろう。鳥の群れの中から拓也を見つけ出し、的確に攻撃をした男。そして入れ替わった私に自分の名を示し、呪を掛けた。あの男……。
ぼやけていた男の印象をうっかりと手繰り寄せようとしそうになって、慌てて頭を振る。いけない、これがあの男を引き寄せる行為になってしまうんだ。
慌てて思考を変えようとしたそのタイミングで、拓也の腕が私を捉え、くしゃくしゃと撫でられた。
「大丈夫です。俺達が守りますから」
耳元で聞こえる声に、頬が熱くなる。頭を撫でた手が、私を勇気付けるように肩に乗せられた。
「あ、ありがとう、拓也」
言いながら、その手を下ろしてもらおうと体をずらす。けれど手はしっかりと私の肩におさまったまま動く気配は無かった。
ちょっと、あの、どうしちゃったんだ。
その行為自体はとても嬉しい。とても嬉しいんだけど、こうも人前で堂々とされると、どうしていいんだか分からなくなる。そういえばさっきの「信じている」発言でうっかりその直前を流しちゃっていたけど、みんなの前で「愛おしい人」とか言われていなかったか、私?
「無理しなくてもいいわよ。本当は「俺が守る」って言いたいくせに」
「美幸!」
重ねてなに言い出すんだ、もう!
「言ってもよかったんだけど」
拓也の言葉に、もはや顔が上げられなくなる。なに? なんなの、この人たち。
「まあでも、一人称で言われても速攻で俺達が複数形に訂正するしな」
「そうですね」
笑いをこらえたヒコの声に、ジハンも珍しくからかうような表情でうなずく。だぁー、もう!
「みんな、反応を愉しんでいるよね?」
怒った声を出したかったのに、思い切りうろたえた声しか出せなかった。恥ずかしくて、顔から火をふきそう。勘弁してくださいよ、本当に。
そんな私達の様子を眺め、イーシィとシャータがこらえきれないように笑い出した。私、絶対にいい見世物になっているよ。
救いを求めるようにジョエを見る。そんな私にふわりとした微笑を返すと、彼女は優雅な仕草で頭を下げた。
「旅のご無事をお祈り申し上げます。この地の気は、あなた方を助けるでしょう」
ホータンウイリクの宝玉からの、祈りの言葉。
「ありがとう、ジョエ」
穏やかな美幸の声がして、浮ついた空気がようやく落ち着いた。
「では行きますか」
ジハンの促しと共に謁見の間を出る。
いよいよ旅が、再開された。